国や地方自治体は、少子化に対処するためにさまざまな対策を実施しています。そのひとつに、卵子凍結という生殖補助技術の普及があります。
▼この記事の監修医師 ーさらに詳しく
大村美穂医師
産婦人科専門医
がん治療認定医
NCPR(新生児蘇生法)専門(A)コース修了
JMELS(母体救命)ベーシックコース修了
JMELSアドバンスコース修了
この記事では、卵子凍結を支援するための補助について、社会的卵子凍結と医学的卵子凍結のふたつの側面から考えます。
さらに、東京都と全国の観点から、これらの制度を比較して現状と課題をまとめます。 今後は生殖補助技術に対する社会的な認知度を高めることが求められると考えられます。
卵子凍結とは?
卵子凍結とは、女性が将来の妊娠のために自分の卵子を取り出して、凍らせて保存しておく技術のことです。女性が年齢を重ねるにつれて、その卵子も老化し、妊娠しにくくなります。そのため、卵子凍結をすることで、将来の妊娠を考えるタイミングで凍らせた時点の年齢の若い卵子を使用できます。
卵子凍結をすると、女性は自分のキャリアや経済的な安定を追求したり、病気の治療を受けたりするなど、さまざまなことに時間をかけることができます。
卵子凍結は、女性の状況によって、社会的卵子凍結と医学的卵子凍結の2つの種類に分けられます。この記事ではこれら2つの種類の卵子凍結に対する補助金についてまとめます。
社会的卵子凍結と医学的卵子凍結
2013年に提示された『未受精卵子および卵巣組織の凍結・保存に関するガイドライン』1)では、『社会的適応』と『医学的適応』として区別されて説明されています。
社会的適応は加齢など理由によって妊娠しにくくなる可能性を心配する場合のことを指します。
一方で、医学的適用はがん治療など、医学的な介入によって妊娠しにくくなる可能性を心配する場合のことを指します。
この記事では、社会的卵子凍結を、女性がキャリアや、パートナーの有無など、社会的な理由で妊娠や出産を後回しにしたいと思った時に行う卵子凍結のことと呼びます。
一方、医学的卵子凍結を、女性ががんなどの病気や手術があり、すぐには妊娠できない状況にあったり、将来的に妊娠が難しくなる可能性がある場合、つまり医学的な理由がある場合に行われる卵子凍結のことと呼びます。
卵子凍結の費用
卵子凍結には、いくつかの費用がかかります。まず、採卵前にかかる費用、採卵時にかかる費用、そして採卵後にかかる費用(ランニングコストと呼ばれるもの)の3つに大別されます。
2023年5月現在、未婚の女性が卵子凍結をする場合、社会的卵子凍結、医学的卵子凍結のどちらのタイプでも保険が適用されません。そのため、未婚の女性が卵子凍結を行う場合、費用が高額になることがあります。また、クリニックによって、とれる卵子の個数によって費用が異なることが一般的です。
補助金を受けない場合の一般的な費用としては、以下のようなものがあり、金額の目安は以下の通りです。
卵子凍結費用の目安
採卵前にかかる費用
検査・排卵誘発剤:5~15万円
採卵時にかかる費用
採卵・凍結: 15~40万円
採卵後にかかる費用
卵子保管料(年間): 3~8万円
これらの費用を合計すると、最初の年に約40万円~60万円、2年目以降は年間3~8万円程度が一般的です。
卵子凍結に対する補助金とは
卵子凍結には、国や地方自治体からの補助金制度があります。これは、卵子凍結をするための費用の一部または全部を、国や地方自治体が支援することを意味します。
ただし、各地域によって補助金の金額や対象者、条件が異なることに注意が必要です。
社会的卵子凍結に対する補助金
東京都の社会的卵子凍結に対する補助金
東京都は、2023年度から社会的卵子凍結をする女性に対して、1人あたり最大30万円の補助金を支給されています2)。
卵子凍結にかかる費用は非常に高額になるので、東京都の補助金制度が始まれば、多くの女性が利用することが予想されます。費用の負担を軽減できるため、より多くの女性が卵子凍結を選択肢のひとつにすることができるでしょう。
全国の社会的卵子凍結に対する補助金
現在、東京都以外で社会的卵子凍結に対する補助を公表している自治体はありません。
今後の傾向に注視したいと思います。
国の社会的卵子凍結に対する補助金
現在のところ、国からの社会的卵子凍結に対する補助金制度は確認されていません。
今後の傾向に注視したいと思います。
医学的卵子凍結に対する補助金
次に医学的卵子凍結の場合です。
医学的卵子凍結に対する補助金
現在、社会的卵子凍結に対する補助金制度は東京都だけに留まっていますが、医学的卵子凍結に対する補助金制度は国や地方自治体からの援助があります。
国は、医学的卵子凍結への補助を通じて、がん患者や不妊治療者の経済的負担を軽減するだけでなく、臨床データの収集を通じて生殖補助医療の研究を進めています4)。
国の補助制度を簡単に紹介します。
・対象者
年齢:43歳未満の方(下限はありません)
所得:所得制限はありません
・対象疾患
「小児、思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン」(日本癌治療学会)の妊孕性※低下リスク分類に示された治療のうち、高・中間・低リスクの治療5)。※妊孕性とは、妊娠するために必要な能力のことを言います。
長期間の治療によって卵巣予備機能の低下が想定されるがん疾患・乳がん(ホルモン療法)など。
・対象の医療機関
ホームページリンク先6)の一定の医療機関
・補助金額
国の補助金額の上限は以下のとおりです。地方自治体の補助金額の上限に関してはその地方自治体ごとに異なる場合がありますので、詳細はお住いの自治体窓口にお尋ねください。
補助金制度の課題
すでに一部の卵子凍結に対しては補助がありますが、課題もいくつかあります。その課題を次にまとめます。
・各自治体で補助金制度が異なるため、利用者にとって情報が分かりにくい
・そもそも、卵子凍結を含む生殖補助技術に対する社会的認知度が低い
・卵子凍結費用の負担は減っても不妊治療費用の負担が重い
・補助金の対象者が限定的
・補助金額が十分でないことから、経済的負担が大きいままの人々も少なくない
まとめると、卵子凍結がよく知られていない、費用負担が重いという2種類の課題にわけられます。
まとめ
この記事では、卵子凍結に関する補助金制度について、社会的な側面や医学的な側面、そして東京都や全国の視点から比較し、その現状と課題についてまとめました。
将来の出産を考える際に、卵子凍結に対する支援を行うための補助金制度は、現在のところ、社会的卵子凍結と医学的卵子凍結とで、補助金制度の内容が異なっています。
また、社会的卵子凍結については東京都が補助金制度を立ち上げたばかりという状況です。
今後は、国全体で卵子凍結に対する補助金制度を整備することや、生殖補助技術に対する社会的な認知度を高めることが求められます。
さらに、不妊治療費用を軽減することや、卵子凍結に対する補助金の支給対象を広げることで、より多くの人々が卵子凍結を検討することができるようになるでしょう。
卵子凍結は少子化対策に重要な役割を果たすと考えられます。さらに個人に関しては補助を受けて費用の負担を軽くして卵子凍結のメリットを得ることで、QOLが上がると考えられます。
今後の政策の動向に注目して、どのような取り組みが行われるのかを見守っていきましょう。
1)一般社団法人日本生殖医学会|倫理委員会報告「未受精卵子および卵巣組織の凍結・保存に関する指針」 (jsrm.or.jp)
2)日本経済新聞:「東京都、卵子凍結に1人30万円助成 200人対象(2023年1月27日)」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC132DA0T10C23A1000000/
3)日本経済新聞:「東京都、卵子凍結の支援企業へ助成 職場環境整備を促進(2023年2月22日)」、https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC228DW0S3A220C2000000/
4)厚生労働省:小児・AYA世代のがん患者等の妊孕性温存療法研究促進事業 |厚生労働省 (mhlw.go.jp)
5)妊孕性温存 | がん診療ガイドライン | 日本癌治療学会 (jsco-cpg.jp)